学者村陶房陶芸家 戸津圭一郎芸術家一家に生まれ、陶芸家として生きる長野県長和町の山の中にある“学者村”という別荘地。緑溢れる閑静な地に、戸津さんの工房はある。工房の中は2つの窯と、釉薬、ろくろ、制作中の作品などが所狭しと並ぶ。そこで戸津さんは粛々と作品を作られていた。
「もともとは埼玉の出身なんです。祖父は油絵、親父が金属をやっていて。ぼくは美術は得意ではなかったのですが、進路を迷っていた時に、親父から、これから生活していくなら陶芸がいいとアドバイスをもらって」
父親からの言葉を受けて、原宿の陶芸教室で事務の仕事をした後、佐賀県有田窯業大学校へ入学。有田焼といえば磁器だが、土ものに惹かれた戸津さんは卒業後、有田でも珍しい土ものを扱う窯元に勤める。さまざまな知識や技術を身に着け、4年間経験を積んだ。
ちょうどその頃、家族が別荘としていた建物が空くという話が浮上。そのタイミングで独立し、別荘を現在の工房として改装。それから23年の月日が経った。
粉引きと自由な感覚が生み出す偶然の美戸津さんが作品のベースとしているのは“粉引き”。有田で働いていた窯元で出合い、その魅力に惹かれていった。
粉引きとは、粉を吹いたようにみえることから名付けられた、朝鮮半島から伝わった技法。鉄分を含んだ赤黒い陶土を白く見せるため、陶土に白い泥をかけ、その上から釉薬をかけて焼く。「同じ粉引きでも、原料や調合などによっていろいろと違うんですね、表情が。濃淡が出たり、鉄粉が出たり。おもしろい。そこが粉引きの魅力ですね」
「あと最近意識してるのは、きれいに作りすぎないこと。昔はサイズや形を揃えるのを意識してたけど、どうしても表情が硬くなるんですよね。だから今は少しずれてもいいから、ラインを大事にしてる。ちょっと揺れてるようなね」皿、コーヒーカップ、茶碗、花瓶……。改めて作品を見ると、シンプルで素朴ながらも、自由でのびやかな線と粉引きの風合いが、一点一点異なる偶然の美しさを生み出している。
オーダーと個展で表現の幅が広がる個別にオーダーを受けながら、並行して自分が今作りたいものを表現し、継続的に近隣ギャラリーなどで個展を開催している。最近は雑貨店や宿から依頼され、それぞれの要望に合わせたオリジナルの土鍋を制作。評判を得ており、「土鍋作家だと思われているみたい」と、戸津さんは笑う。
個人の表現では、1年半ほど前から、隣の立科町のリンゴの木の灰を使った釉薬で作品を作り始めた。灰色がかった独特の落ち着いた色合いが特徴で、長野県らしさを感じる作品だ。粉引きを基本としながらも、こうした新しい挑戦を重ねて、徐々に戸津さんの代名詞ともいえる作品が増えてきている。
今までの延長で、少しずつ進歩していきたい
「これからも粉引きをベースでやりたいと思っています。あまり奇をてらったり、作風を変えたりということはなく、今やっていることをずっと延長してやっていって、少しずつ進歩していければ。終わりはないですね」
戸津さんの実直さを感じさせる言葉である。日々淡々と、基本に忠実に、自分の感覚を大切にしながら作陶に向き合う。その積み重ねが、気づけば進歩に繋がっているのだ。そんな人柄を表すかのように、戸津さんの器は味わい深く、主張しすぎず、しみじみと生活になじむように思う。そういった器がひとつあるだけで、暮らしは潤いを増すのだろう。